用語解説

クラスタービームは、ガス状の原子または分子を真空中へ細い管を通して噴出させて生成されます。高圧でガス状の原子または分子が低圧環境下に噴出すると、水蒸気を含んだ空気が冷やされて雲ができるように凝集し、クラスターになります。京都大学の研究によって常温から強力なガスクラスタービームを発生させる技術が確立され、ドーピングや平坦化加工、薄膜形成などの様々な目的の装置が開発されています。
クラスターイオンビームの照射効果は、「低エネルギー照射効果」、「ラテラルスパッタ効果」、「高密度照射効果」の3つの特徴があります。
イオンが固体に衝突したときの現象として、固体中へ注入される場合があります。イオンが注入される深さは、イオンに与えられている運動エネルギーに依存します。ここで、単原子イオンとクラスターイオンを、同じ運動エネルギーを与えて、同じ固体に衝突させてイオン注入を発生させると、単原子イオンよりもクラスターイオンのほうが浅い位置に留まります。これはクラスターを構成している原子または分子に運動エネルギーが分配されて、低い運動エネルギーのイオンビームとなったためです。例えば1000 個のアルゴン原子からなるクラスターイオンを10 keVの電圧で加速するとアルゴン原子一個の持つ運動エネルギーは 10 eV となり、固体に衝突させたときの深さ方向の影響を緩和できます。これを低エネルギー照射効果としており、極浅イオン注入が可能となります。
クラスターイオン照射による構成元素をはじき出すスパッタの効率は単原子イオンと比較して2桁から3桁といわれています。また、単原子や分子のイオンビームは照射を続けると表面が粗れていき凹凸が激しくなるのに対して、クラスターイオンビームは照射を続けることで粗い表面が平坦化されます。この現象はイオンと照射対象固体との相互作用が単原子イオンとクラスターイオンでは異なることを示しています。単原子イオンは照射対象固体の構成原子との相互作用が2体衝突に基づく現象になりますが、多数の原子・分子が同時に同じ場所で衝突するクラスターイオンの場合は、入射してきたイオンと照射対象固体の構成原子が多体衝突を繰り返すので、非線形効果とよばれる現象によるものと研究で明らかにされています。これはラテラルスパッタ効果と呼ばれます。
また、数百から数千個のクラスターイオンを固体表面に照射すると、その表面が高温高圧状態となります。これは高密度照射効果と呼ばれており、例えば、アルゴン原子141個のクラスターイオンを10keVの電圧で加速して固体表面に衝突してすると、400フェムト秒後の衝突した付近の温度は約10E+5Kに上昇し、圧力は1Mbarに達するとシミュレーションされています。このような化学反応を促進させる効果があることから高品質の薄膜形成が可能になります。